セミの抜け殻

ある小学校での出来事です。教室に上がれず職員室で過ごす子どもがいました。朝お母さんが連れてくるのですが,泣いてしまって教室には行けません。学校へ連れてくるのも一苦労といった様子でした。

職員室ではしずかに過ごします。お絵描きをしたり、本を読んだりと落ち着いて過ごすことができます。ここで私はできるだけ勉強をさせるというよりは,ゆっくり学校で過ごすことを目指しました。ただ一つ約束として,「絵を描きたいので紙をください。」と何をしてもいいから自分で私にしたいことを伝えることと言っていました。もちろん,その子が言ったことは笑顔で「いいよ。」といって紙を用意したり、絵の具を用意したりして自分の要求は聞いてもらえるんだという安心感をもたせることを大切にしました。

そんなことをしたらわがままになって手をつけられなくなると思う人も多いと思いますが,これまでこの方法でそんな子に出会ったことはありません。どんなに教室で暴れている子でも自分のしたいことをきちんと伝え,それをきちんと受け止めてくれるとわかれば、決してわがままはいわないものです。こうして子どもとの信頼関係を築いていきます。

ある時「校長先生,校庭でセミの抜け殻を拾ってきていいですか。」と言いました。もちろん「いいよ。」と言いました。でも心配なのでこっそり様子を見ていました。しばらくするといい笑顔で「こんなにたくさんあった!」といってセミの抜け殻を見せてくれました。なんと300以上あったと思います。(いい学校なんです)もって帰りたいというので箱を用意してあげました。喜んでもって帰りました。

後日,その子のお母さんに会いました。「先生,この間はありがとうございました。セミの抜け殻をたくさん持って帰ってとてもうれしそうな顔で,とてもうれしかったです。こんな勉強をさせてくれるなんてなんていい学校なんでしょう。本当にありがとうございました」とおっしゃいました。とんでもありません。この言葉を聞いた私のほうがとてもうれしかったのです。子どもがもって帰ったセミの抜け殻を「なんで勉強しないの?」とか「学校で勉強もせずこんなことして大丈夫でしょうか。」ではないのです。子どもの笑顔を大切にしてくださっているお母さんに本当に感謝しました。

その子は,ある時突然教室にあがりました。職員室に来ないなと思って教室に行ってみると座っていました。そして無事卒業して中学校では,毎日登校しています。職員室にいた期間は2年になります。やっと「心の元気」が回復したんだなと思いました。じっと温めることは本当に迷いも多いことですが,子どものもつ力を信じて見守ることが大切だと思います。あの時のお母さんの受け止めがあったからこの子は不登校から抜け出せたのだと信じています。